BEAT GENERATION2.0とは
かつてアメリカで『ビート・ジェネレーション』と呼ばれ、発言権を得た反抗者たちが存在しました・・・
その背景には1920年代、アメリカで地方の封建的な窮屈さ、道徳的偽善。退屈さから逃れて都会、そしてヨーロッパに貧窮からの逸脱を求めたアーネスト・ヘミングウェイ、ウィリアム・フォークナー、ジョン・ドス・パソス、スコット・フィッツジェラルドといった「ロスト・ジェネレーション」と呼ばれた世代の存在があります。
そして時代は1950年代。第二次大戦後の不安と精神の不毛、進歩と力というアメリカ的「美徳」に対する不満、自我の喪失感から自然と結びつき、原始的感情を重んじながら、詩という文学形式に救いを求めようとしたのがビート・ジェネレーションと呼ばれる、ジャック・ケルアック、アレン・ギンズバーグ、ウィリアム・バローズ、ニール・キャサディに代表されるアウトローたちでした。
その根源には、戦後の世代における自我の喪失であり、至福を渇望しながらも悲哀にひたされているひとつの運動のなかにあった、救済者的、改革者的衝動、時代が孕む全体主義へ向かう可能性に対する不吉な警告だったのです。
“ロスト・ジェネレーション”、“ビート・ジェネレーション”という、この2世代における文化的ムーブメントの遠因となったのは、繁栄の影にかくされた『社会の欺瞞』でした。
そして、現代。2009年のリーマン破綻に代表される高度資本主義の崩壊によって、またも露呈した『社会の欺瞞』によって、新たな表現形式が文学的、芸術的に必要になっているように思えてなりません。
『詩』という文学形式に救いを求めたビート・ジェネレーションに対して、僕たちはTwitterという新たなインフラに乗っかって『つぶやき』という表現形式 を得ました。
『Beat Generation2.0』において、関心がより深く人間性の根源に向けられたとき、その心に表現をあたえることができる中心にあるのはTwitterであると考えています。
未知なるものの発見は新しい形式を要求するように、コンピュータ・プログラムの振る舞いが新しい種類の美を作り出しています。だからこそ、私たちは新たな表現形式を『Beat Generation2.0』という文化活動として再定義することにしました。
新たな芸術・アートを再定義するにあたって私たち、BEAT GENERATION2.0が取る手法は、「文化破壊(カルチャー・ジャミング)」による破壊的創造です。
World Wide Web(WWW)のハイパーテキストシステムを考案・開発したティム・バーナーズ・リーも言っているように、「Webは、私たちが今まで自分たちを定義し、守ってくれるものとして頼ってきた境界を破りはするが、新しい境界を生み出しもする」ように新たな電子表現主義を中心として、1960~1970年代におけるアメリカでの公民権運動とともに歴史の闇に葬られた素晴らしき音楽・アートの発掘・再評価、批評・言論までその範疇とします。
ハイカルチャーとロウカルチャーの区別や従来の「知」の枠組みを超えて、新しい価値観を創造し、再定義していく。そして、本来評価されるべき芸術家やアーティストを支援し、育成していくことがBEAT GENERATION2.0のレゾンデートル(存在意義)なのです。
最後に、1950年代における偉大なる先駆者たち、ビート・ジェネレーションにおける運動の発端となったものとして記念碑的作品、ジャック・ケルアックの『路上』が挙げられますが、私たちBEAT GENERATION2.0の先駆けとなった一人の人物を紹介しておきます。
アメリカ一極体制による「平和」的世界統治、パックス・アメリカーナを痛烈に批判し、アメリカ人でありながらイラク戦争時に単身イラクにわたり、アルカイダとともにアメリカ軍に抗戦し壮絶な戦死を遂げた、ジョン・ウォーカー(John Walker)の革命思想と実践から啓示を受けたものであることをここに明記します。










