インプルーヴ・マーケティング(2)

June 12, 2010
以前に掲載した『インプルーヴ・マーケティング』について、事例を交えて検証したいと思う。インプルーヴ・マーケティングとは、ブランド価値や意味性と いった付加価値、つまり「情報」を付加することで「目に見えない価値」を向上させ、情緒的ベネフィットを増大させようというもの。そして、その付加すべき 「情報」として、「物語性」を加味してやることが有用だということ。一見するとすごく新しいことを言っているように映るかもしれないが、これは1980年 代ごろから検証されていた考え方をベースにしたものである。当時、電通にいた福田敏彦(現・法政大学 教授)氏が中心となって提唱していたストーリー・マーケティングという理論。商品は使用価値ではなくて記号的な価値によって流通するというボードリヤール 的な、いわゆる記号論を背景としたマーケティング理論が存在していた。彼らは「物語」という記号的価値に行きつき、商品を一つのストーリーのメディアとし て見なしていた。一定のストーリーを喚起する情報を商品に付加して、受け手の側が断片的な情報を組み合わせて、ある程度自発的に個々の生活者がストーリー を作り上げていく、つまり「物語性」を形態として商品に付加する試みがストーリー・マーケティングであり、そこから「ビックリマン」チョコレートを例に 取って、大きな物語あるいは秩序が商品の背後に存在することで、個別の商品は初めて価値を持ち消費されるような現象が、いわゆるサブカルチャーという閉鎖 的な世界で適用されているのではないかと提示したのが、大塚英志の有名な「物語消費論」である。しかし現代社会においては、物語性を「形態」として付加し た、一つの物語の断片として商品を提示するのではなく、「情報」という無形の資産を付加することで、「商品」そのもの、または「自己」の人生という大きな 物語の中に「自己」、もしくは「商品」を位置づけてやることが有効なのではないかというのが、僕の「インプルーヴ・マーケティング」という論考である。

少し記述が複雑になったので、『インプルーヴ・マーケティング』の内容を踏まえて整理しておくと、情報として付加すべき「物語性」には2つの視点がある。 1つ目は、生活者本人(「自己」)の人生を一つの物語と見立てて、自分らしい生活を行う上での選択として「商品」を位置づける。2つ目は企業やブランド、 「商品」にまつわるエピソードや歴史、哲学の中に生活者本人、つまり「自己」を位置づけるというものだ。先にも述べたが、この論考は全く新しい考え方に立 脚したものというわけではない。80年代のストーリー・マーケティングの延長線上で、特に広告戦略の中で発達したものがストーリーCMという手法で、今で も頻繁に使用されている。つまり昨今のヒット現象を分析すると、これらの要因がより重要性を増してきていると考えられるのだ。その重要性は多大な投資を必 要とするテレビCMだけに適用されるわけではなく、むしろ統合的なプロモーションの中で構築され得るものである。その優位性は、どれだけ提示した物語への 誘引力が強いかということになる。

それでは「自己」という物語の中に「商品」を位置づけた好例を挙げよう。2005年にチョコレートの持つリラックス効果を前面に出し、「メンタルバランス チョコレート」というブルー・オーシャンを創出した、チョコレート・ブームの火付け役、江崎グリコの『GABA』。現代社会に潜む病理として顕在化してき たストレス。もはや人生はストレスとの闘いと言っても過言ではない。そんな誰もが身近に接し、隣り合わせに生活している状況にあって、「チョコレートで ほっとしよう。」「ストレス社会で闘うあなたに。」というメッセージを発することによって、「自己」の人生の中にひとときの「やすらぎ」として位置づけた のがこのGABAである。サラリーマンのありふれた日常を描いたテレビCMに加え、サラリーマンの、サラリーマンによる、サラリーマンのための笑いを提供 するエンターテイメント・マガジン、その名も『GABAリーマン』なるサイトを活用し、物語性を展開している。そしてもう一つの事例が、某ハウスメー カー。新築一戸建てといえば人生で最も大きな買い物。大きな決断をして自社商品を購入してくれた顧客に対して、この会社では毎年クリスマスに社員がサンタ クロースの衣装に身を包み、各家庭を訪問している。子供のいる家庭は大喜び、噂が噂を呼び、既存顧客からの紹介受注は絶えないという。このケースの場合 は、「自己」の物語の中に「商品」を位置づけたと同時に、「商品」という物語の中に「自己」をも位置づけることのできた好例だ。

他方、「商品」そのものの物語の中に「自己」を位置づけたケースは、2006年3月発売の『TSUBAKI』だ。4兆4758億円(2006年予測 富士経済研究所)といわれるヘアケア市場において、シェア4番手だった資生堂が初年度50億円の宣伝費を投じ、発売5ヶ月あまりで約100億円の年間目標 に達し、シャンプーではトップに立ったメガブランド。"古来より髪の手入れに使われてきた"つばき油を含む独自開発の保湿成分を配合、「日本の女性は美し い」というメッセージによって輝く女性としての「自己」を位置づけたことが要因と考えられる。また、僕のお気に入りであるモトローラ社製ドコモのFOMA 「M702iS」。これは「各国セレブリティや映画・ファッション業界からのラブコールが絶えない機種」という触込みで日本市場に登場した。そしてそれを 裏付けるかのように、海外ではドルチェ&ガッパーナ仕様のモデルを発売。テレビCMにはサッカー・イングランド代表のベッカムを起用し、世界で一台のベッ カム仕様として特別モデルを楽天オークションに出品した。これが僕の記憶だと1000万円近い金額で落札されていたように思う。さらにモトローラのすごい ところは、全国の販売店やNTTドコモの地域会社などに「モトローラ大使」と名付けた営業人員を200人規模で派遣し、これらの伝説の語り部として口承の 任に充てていたことだ。マーケティング・カンパニーといわれる企業のプロモーションは、実に余念がないことに驚かされる。

以上、2つの視点からインプルーヴ・マーケティングを概観してきた。今現在、ヒット商品と呼ばれるものの根底に、これらの要因が潜んでいることを皆様にご 理解いただければ幸いだ。それにしても、ここ3ヶ月ほど各メディアから情報を収集しても、目を引く記事がなく直近の事例に乏しいのが残念ではあるが、また 折を見て言及していくつもりなのでご期待を。メディア各社の皆さん、もっとコンテンツを充実させてください!


松田 真実@次世代マーケターの理論武装

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