ベネフィット・マーケティング回帰

June 12, 2010
もはや既存のマーケティング理論では、立ち行かない時代になってきた。企業間競争が寡占競争化の末に、物質的な豊かさを手に入れた経済大国ニッポンには、 すでに顕在需要と呼べる市場はなく、いかに潜在的な需要を喚起あるいは創造することができるかというのがマーケティングの本質になりつつあると言えるだろ う。

この懸念は高度経済成長が終焉を迎えるころから密かに囁かれていた。ロナルド・E・フランクが象徴的な報告を残している。

「消費者特性と購入行動との相関係数は、平均で0.2以下である。17個の人口統計的変数、社会経済的変数、パーソナリティ変数を用いたが、これで購入行 動における分散のほぼ4%しか説明できなかった。収入だとか、信仰といったような客観的な要因によって購入行動が説明できるような場合もある。しかし、他 の大部分の消費財マーケットは、そう単純ではない。」

このような状況の中で、一握りの先進的なマーケティング学者や研究者は、「消費者志向」という新たなコンセプトを打ち立て、消費者の生活と心の研究に立脚した新たな視点を提示し、今日までの『リレーションシップ・マーケティング』という潮流を生み出している。

ながらく高度経済成長における成功体験を払拭することができず、マス・マーケティングを展開してきた実業界においても、この潮流を受容せざるをえない状況となってきており、ようやく消費者個人に焦点を当てはじめている。

そこで本稿では、この消費者志向をさらに一歩推し進めた、『価値にもとづくマーケティング』のあり方を提示しようと思う。なぜ、今『価値』なのか。それを説明するためにも、まずは『価値』、つまり『ベネフィット』について理解しておく必要がある。

過去の記事でも幾度か触れているが、ベネフィットを直訳すると便益、利便性ということになる。一般にわれわれが商品に価値を認めたとき、欲求は発生する。 欲求は人間の行動をひきおこす原動力であり、人間の行動はその欲求を満たす方向に向かって進む。そして欲求を満たしてくれるものが価値であり、価値は行動 を誘発する。

つまり、顧客は商品・サービスを買っているのだが、それを通じて得られる価値を求めている。この『ベネフィット』こそが、本来的にはマーケティングの基本となるべきものなのだ。

Value_Centrism

この基本ともいえることがなぜ、今重要といえるのだろうか。そのヒントは消費者動向にある。1970年代における消費者動向は「大衆」という言葉に言い表 せられた。同様に80年代は「少衆」、90年代は「個衆」と呼ばれているが、このほど電通が発表した概念として「鏡衆」と言える新しい「うねり」が起きて いるという。

その理由は、共有できる目標や価値観がなくなってきたなかで、インターネットの登場によって社会や不特定多数の人々ともつながりながら情動を分かち合っていく「共振型」ともいえる動きが波及し始めていることにある。

当初、自分だけのこだわりと思っていたのが、実は同様の趣味・嗜好からその商品を支持する仲間がいることに気づく。そのコミュニティにおいては、商品自体が持つ価値を、より自分たちの感覚にフィットするように意味変換することで結びつきを強めているのだ。

つまりは商品の価値を媒介にして、社会的トレンドとしての消費を形づくっているのである。ここに『価値』、つまり『ベネフィット』の重要性を如実に示す兆候が見え隠れしている。

だからこそ今、『顧客にとっての価値』を中核とした事業戦略、商品、マーケティングに企業は取り組むべきである。自社だけが提供できる価値を「強み」とし、その「強み」を重要視する顧客を「ターゲット」としていくのだ。

市場とは顧客の『価値』を巡る競合の集合であり、競合は顧客の求める『価値』によって決まる。それは顧客自身の中における相対的なものであり、競争とはマーケットシェアを競うものではなく、顧客のマインドシェアを巡る戦いなのである。

実際に最新のマーケティングでは、顧客にとっての価値によってセグメンテーションを行い、最終的に「人」という要素を紐づけて性別・年齢層を特定していく 『ベネフィット・セグメンテーション』という技法が台頭してきている(この技法についての論考は、また別の機会に譲る)。

価値によって特定した顧客に対し、価値にもとづいたマーケティング戦略によって顧客とのコミュニケートを設計し、メッセージによってリーチする。そのリー チするべきメッセージが、『Selling Message』である。このSelling Messageは戦略にもとづき、感性に訴える「顧客にとっての価値」が明確に示されたものだ。それは企業としてのスタンスを表した、企業の価値提案やア イデンティティを表す意思表明のことで、一時期流行った「CI(Corporate Identity)」のようなものと考えていただければ良いだろう。

もちろん資本主義社会における経営の本質は競争にあるので、企業における戦略は競争戦略としての色合いが濃くなる。いかに他社が真似ることのできない、独 自の強みへと昇華することができるかが肝要になるわけだが、必ずしも独自性を訴求する必要はない。例えばロッテの『お口の恋人』などは、企業のスタンスを 明確に示したSelling Messageといえる。

優れたSelling Messageの好例として挙げられるのが『液晶のシャープ』。「テレビの性能を決めるのは工場の性能です。美しい日本の液晶アクオス」というおなじみの テレビCMにより、液晶を自社生産できる設備を持つ数少ないメーカーであることを端的に表現している。その他の代表的な例ではBMWの『駆け抜ける歓び』 というのもある。

Selling Messageは、いわゆるUSP(Unique Selling Proposition)とは若干異なる。『USP』は相対的な競合他社との差別化ポイント・独自性のことであり、当然Selling Messageに立脚したもので、商品ごとに存在する。ここでいう競合他社も、価値によって規定される顧客の頭の中の選択肢の集合であり、決して自社にお いて規定するものではないことにご留意いただきたい。

ちなみにUSPの例ではドミノ・ピザが有名である。「30分で熱々のピザをお届けします。1分でも遅れたらお代はいりません」というもの。今では一般的に なった宅配ピザの定番メッセージではあるが、コレを初めて打ち出したのがドミノ・ピザだった。商品クオリティのみならず、デリバリーという自社の資源に自 ら価値を見出し、独自性を打ち出した効果的なUSPであったわけだ。

商品に関しても、やはり戦略にもとづいて開発されたものが前提になってくるが、ときとして優れた商品はそれ自体が戦略となりえることもあり、一概にその良 否を述べることはできない。ただし、ここでも中心となる概念として価値にもとづいたものであるかどうかというのが1つの判断基準となることは確かだ。

と、ここまで『価値にもとづくマーケティング』のあり方を見てきたわけだが、さほど目新しいという概念はないように思える。むしろ、マーケティングの本来 的な機能というべきものであるが、基本を忠実に行なうことほど難しいことはないのが現実だ。今こそ商売の原点に立ち返るべき時と、時代が要請しているよう に思えてならない。

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